なぜ工作機械は面白いのか ~ものづくりの本質がわかる~

総論 幅広く、奥の深い工作機械技術の面白さ

3Dプリンターは除去加工を超越して
工作機械産業を消滅させるのか?

東京工業大学 名誉教授 伊東誼

図3 加工時間の長い複雑な形状の快削黄銅製部品の例(中部大学竹内教授の好意による)
図5 次世代コンピュータ向きのAIN製ヒートシンク
図1 溶接部分と鋼板溶接構造の例

二つの角パイプとフランジを溶接(津島鉄工所の好意による)

産業機械の溶接構造本体(Butler Newallによる、1980年代)

図4 舶用プロペラの加工(東芝機械の好意による)

3Dプリンターは、今をときめく「物つくり」の話題であり、人形、自動車模型、その他の立体造形物を人々が町の工房で作り出している光景がテレビでしばしば放映されている。更には、お医者さんが手術前にシミュレーションに使う心臓の模型(Yomiuri ONLINE yomiDr. 2016-12-8日付)、あるいは損傷した頭蓋骨の補綴部品(山陽新聞 2015-11-25日付)、それの延長線上での不快感を伴わない「裁判のみえる化」資料として、頭蓋骨の打撃による陥没状況まで作り出している(Murray 2016; www.EandTmagazine.com Sep. 2016)。
注目に値するのは、米国航空宇宙局が3Dプリンター製部品を使ったロケットエンジンの燃焼実験を2013年に実施していること(Gent 2013)、又、エアバス ディフェンス アンド スペース社が高温で噴射されるガスに耐えねばならないロケットの推進ノズルを3Dプリンターで作成したと報告していることである。この推進ノズルは、レーザで焼結されたプラチナーロジウム合金製であり、従来から使っていた部品と比べても遜色がなく、素材を大きく節約できたとされている(Pultarova 2015)。
このような事実を見聞すると、テレビでアナウンサーやコメンテータが、「3Dプリンターは万能であり、これからの物つくりの主役」と主張するのも無理はないと思われる。その一方、そのような主張はあまりにも「物つくり」の実態を知らないのではと抗議もしたくなる。
一言で3Dプリンターと呼ばれているが、そこには初期に開発された「光造形法」、「粉末法(層状に敷き詰めた素材粉末を高出力レーザビームで焼結するもの)」など幾つかの方法がある。生産技術の領域では、もともとはラピッド・プロトタイピングと呼ばれていた付加加工の一つであり、3Dプリンターが話題になる以前に、豊田工機や松浦機械製作所が商品化していた。
3Dプリンターを簡単に説明すれば、小学校の工作で経験があろうが、地図の等高線に沿ってボール紙を切り抜き、それを順次糊で付けて積み重ねていって、山や谷を立体的に表現できることと同じである。この方法では、山の中の隠れた湖も作り出せるが、これが3Dプリンターの最大の特徴であり、ボール紙と糊の組合せを「光硬化性樹脂と紫外光レーザ」とすれば、光造形法となる。
これに絡んで思い出したのは、学生に講義をしていた時に、「肉厚の均一な中空球を鋳造で造り出す方法を考察せよ」という宿題を出して、ずいぶんと恨まれたことである。今の学生ならば、3Dプリンターがあるのに、変な宿題と笑うであろう。
それでは、これからの社会で必要な品物はすべて3Dプリンターで賄えるのであろうか。この問いへの正解を出すのは現時点では難しく、幾つかの事前学習を深める他はないと思われるので、それらを順次説明しよう。

部品の加工技術の大分類

まず、部品の加工技術は、現時点では大きく「除去加工」と「非除去加工」に分けられ、おまけとして「付加加工」がある。「除去加工」は、素材の不要部分を切り屑として除去して、要するに「体積を減少」させて部品を作り出し、そのうちの機械加工を工作機械が担当している。「非除去加工」は、「塑性加工」と「溶融加工」に分けられ、塑性加工は「体積不変」で部品を作り出す。溶融加工は、素材を一度溶かして再度固化させる「相変化を伴う加工」であり、鋳造や溶接で代表される。問題は溶接であり、溶接棒を使うものは溶接部に新たな材料を付加するので、本来は付加加工に分類すべきであるが、付加量が少ないので慣行として溶融加工として取扱ってきた図1
ちなみに、「肉盛り溶接」と呼ばれる作業がある。これは大物鋳造部品の一部に「引け巣」や「砂噛み」という鋳造欠陥が生じた時の救済策である。欠陥品であるからと捨て去るには、お金がもったいないので、悪い箇所を削り去り、新しく溶接で埋め戻して使う。3Dプリンターの先駆けと解釈してもよいであろう。もっとも、非常に腕の良い、又、鋳鉄の性質を熟知した溶接工のみができる作業である。
似たような話に航空機のタイヤの「山かけ」がある。空港で飛行機が着陸するのをみていると、タイヤが滑走路に接した瞬間に白煙があがることから想像できるように、タイヤの踏面は相当に傷む。しかし、本体は十分に使える高価なタイヤを踏面が傷んだからと捨てることはなく、擦り減った部分に新しいゴムを貼り付けて再生利用(山かけ)している。

部品を機械加工、あるいは塑性加工のいずれで作るか

ついで、欧米では工作機械と言えば「切削加工工作機械」と「塑性加工工作機械」の両方を取扱う専門領域である。これに対して、日本では明治時代に欧米の生産技術を導入した際に、理由は不明であるが、切削加工用のみを工作機械と呼ぶようになった。その後、1980年代頃に塑性加工の精度が向上して重要性が増大する迄、部品の仕上げ加工の主役は機械加工であった。その結果、日本で機械加工と塑性加工の技術者の間の交流は希薄である。それにもかかわらず、溶融加工を含めて、実用面では二つの加工方法の融合の要求が高まっている。例えば、機械加工のみで作られる一体形カム軸が、軽量化を目指してカムローブ(機械加工)とパイプ材(塑性加工)の摩擦圧接(溶融加工)で作られるようになっている図2。要するに、お互いの利点を活かして共存しているので、これは3Dプリンターの一つの発展方向を示唆しているであろう。

図2 研削加工されたカムロープと中空パイプの摩擦圧接で作り出された軽量化カム軸-機械加工と溶接加工の融合(イヅミ工業による)

是非とも構築したい部品加工方法の俯瞰的な体系化と選択指針

最後に、3Dプリンターが「災い転じて福となす」的な議論の契機を与えていることを指摘したい。それは、「除去加工」、「非除去加工」、並びに「付加加工」を通した「俯瞰的な部品生産技術の体系化」とそれに基づく「好適な加工方法の選択指針の構築」である。この技術は、半世紀も以前から必要性が認知されていたにもかかわらず、遂に今日まで手つかずであったもので、実に挑戦的なプロジェクトとなるであろう。そのような体系化と選択指針なくしては、3Dプリターの将来像を見据えるのは難しい。又、プロジェクトを成功裏に進めるためには、幅広い学識と特定分野に深化した造詣を有するプロの集団が必要である。しかし、残念なことに日本に最も欠けている人的資源であるので、早急な育成が望まれる。ちなみに、除去加工と非除去加工を一体化して取扱っているドイツの方が有利に思われるが、ドイツでも状況は似たようなものであろう。
それでは、切削加工で作り出せる複雑形状の幾つかを3Dプリンターでの置き換えの可能性とともにみてみよう。小さい物では、5軸制御MC(マシニングセンター)で加工できる「メビウスの輪」がある図3。これは、高さと幅が5mmほどで厚さが1.5mmであるが、加工には約3時間かかるので、3Dプリンターの方が有利かもしれない。又、大きい物では、非常に器用と言われる9軸同時制御プロペラ加工機で加工される舶用プロペラ(直径約10m)がある図4。加工には数日を要する上に、強度が大きな問題となるので、3Dプリンターで使用可能な材料の特性、固化過程の強度への影響、疲れ限度など力学的及び熱的な挙動の面での検討をせずには3Dプリンターへの置き換えは無理であろう。
最後に、次世代コンピュータ向きと言われている「窒化アルミニウム合金製ヒートシンク」をみてみよう図5。この部品は溝のアスペクト比が大きく、典型的な硬脆性材料製である。加工には「高精度と同時に重切削」が可能な仲間(機種)が必要であるが、未開発である。そこで、手持ちのMCでダイヤモンド砥石を用いて試作しても数十時間もかかる上に、最後の溝加工で破損することが多い。これこそ3Dプリンター向きかも知れない。

参考文献

Gent E. “Nasa tests largest ever 3D-printed rocket component”. http://eandt.theiet.org/news/2013/aug
Murray L (2016) Virtopsy ? the future of forensics. Engineering & technology; 11-7/8: 50-53.
Pultarova T (17 June 2015) World’s first (partly) 3D printed rocket engine tested. E & T Magazine.


close