なぜ工作機械は面白いのか ~ものづくりの本質がわかる~

総論 幅広く、奥の深い工作機械技術の面白さ

ロボットを作る、
ロボットになった工作機械

東京工業大学 名誉教授 伊東誼

図1 多関節ロボットに使われているクロス円筒ころ軸受とその加工に用いられる研削センター

軸受の内外輪の最終仕上げに活躍中の研削センター(Vertical Mate55型、太陽工機の好意による)

図3 トラニオン方式5軸制御MC(D500型、牧野フライス製作所製)

大学や高専で機械系の学生に「好きな技術は?」と問い掛けると、「ロボット、あるいは自動車」という判で押したような答えが返ってきて、先生が苦笑する場面が目に浮かぶ最近の世情である。NHKの主宰する「高専ロボコン」の盛況をみれば、又、二足歩行ロボットや癒し系ロボットのようなホームロボットが頻繁にテレビで紹介されるのをみていれば、この回答に頷く他はないであろう。もちろん、産業界で数多く使われている組立ロボットや搬送ロボットなどが学生のロボット好きを後押ししているのは間違いないであろう。
「高専ロボコン」では学生自らがロボットを組上げていて、このホームページをみている学生も、そのような経験があるかも知れない。「高専ロボコン」は、「からくりのアイデア」が勝負の勘所であり、それなりの意義はある。しかし、蟻のように、ロボットは自分の重量の数倍から数十倍の重さの品物を持上げるのが本筋であるとも言われる産業ロボットになると、話が少々変わってくる。
要するに、「からくり」という仕組み(機能)で如何に優れていても、それに力が作用したら変形が大きくなり過ぎるとか、更には壊れてしまうので困る利用分野も多い。力が作用したときに物体が壊れないように設計・製造することは、意外にも非常に良いアイデアを「画に描いたお餅」にする。
さて、ホームロボットにしろ、産業ロボットにしろ、本体、腕、手などを炭素繊維複合材で構成すること、又、手先に相当するエンドエフェクターの機能や性能を高度化することなどは、似たような技術である。ところが、産業ロボットのエンドエフェクターは重い品物を持上げながら、正確な位置決めをできる必要がある。それには、腕と手のつながるところ、いわゆる関節が「がた(遊び)がなく、なめらかに回転すること」が必要、不可欠である。
ロボットには色々な形態があるが、その基本は機構学で取扱う「リンク機構」である。リンク機構では、古くからリンクとリンクの連結部分の「がた」の除去が大きな問題であり、それがそのままロボットに引き継がれている。回転部分の「がた」を取り除くのは簡単なようで難しい。一般的には、転がり軸受で回転する軸を支えて予圧を加えて、不要な隙間を無くすように調整する。しかし、あまり大きな予圧をかければ、軸が滑らかに回転しないし(回転が渋くなると表現)、予圧を小さくすれば「がた」の影響が出て動きがぎこちなくなる。
この本質的な問題に解決策を与えてくれたのが、「クロスローラ軸受(クロス円筒ころ軸受)」であり、コンパクトな要素部品として適切な予圧のもとにロボットの関節に広く使われている。このような話の流れとなると、工作機械の出番がないようにみえるが、その通りであり、部品の加工という舞台裏で活躍している。この要素部品は、部品を適切な熱処理のもとで、高い加工精度で作り出して、それによって組立時に適切な予圧と回転の滑らかさを与えている図1
クロスローラ軸受の出自は古く、1960年代に米国、テイムケン社によって、工作機械の仲間(機種)の一つである立旋盤のテーブル構造を改良するために開発された「クロス円錐ころ軸受」が原点である。その当時には、長いテーブル主軸の上下に軸受を配置する二点支持方式の設計が主流であった。しかし、上下の軸受間の距離(支持軸受間距離)を極端に短くすること、すなわち上の軸受一つで上下二つの軸受の役割を果たさせる工夫が必要となったという開発の背景がある図2

図2 クロス円錐ころ軸受を用いた立旋盤のテーブル回転支持方法(テイムケン社、1965年)

このように、特殊な用途向きであったために、その後長く埋もれた状態にあったが、マシニングセンタ(MC)の高度化とともに、5軸制御MCが広く使われるようになると、改めて脚光を浴びるようになった。MCに5軸制御の機能を具備させるには、主軸頭、あるいはテーブル(トラニオン方式)に旋回機能を具備させるが、トラニオン方式では、狭い空間に回転テーブルを設ける必要がある。それは、正に立旋盤のテーブルをクロス円錐ころ軸受で支持するのと同じ技術であった図3。もちろん、円錐ころという問題が多い要素を均一な予圧を与え易く、滑らかな回転ができる円筒ころに置換えると言う改良も行われた。そして、この取扱い易い「優れもの」が順当にロボットの分野へと波及して広く使われるようになったという話のおちになる。
ちなみに、開発された当時には「十字形円錐ころ軸受」と呼ばれていたので、クロス円錐ころ軸受が改めて話題となったときに、全く新しい斬新な軸受と勘違いした技術者も多かった。生産技術の世界では、「技術としての本質」が同じであるにもかかわらず、時代とともに進歩、発展して別の用語で喧伝されることが多々ある。中には自己宣伝、あるいは勉強不足のために、新しい用語を平然と提唱、例えば、本来は「モジュラー構成」の一つの展開形であるにもかかわらず、「リコンフィギュラブル」とあたかも新しいように提唱されたこともあるので、技術者は温故知新を肝に銘じておくべきである。
さて、突然お話の方向が180度逆転するが、工作機械の仲間には「パラレルリンク方式」と呼ばれる仲間がいる。ロボットはリンク機構であることを思い出して頂ければ、これは「ロボットになった工作機械」と理解できるであろう。工作機械は、直交座標系内の直線運動と回転運動の組合せで部品の形状を作り出すことを基本としている。しかし、この方式では重い移動体の運動方向を正逆転させることが必要、不可欠であり、高速性が一つの大きな設計属性である現今では、移動体の慣性への対応が難しい。
そこで、一つの解決策として刃具や工作物を加工空間全域にわたって自由に軽快に運動させることができる「パラレルリンク方式」が開発された。それは、ロボットのエンドエフェクターを主軸頭とした形態であり、鉄塔のような骨組みに主軸頭のみが吊り下げられていて、一般的な工作機械の姿とは大きく違っている図4

図4 3軸制御MCへ簡素化したパラレルリンク工作機械(WeckとGieslerによる、1998年)

リンク機構では、リンクの数を増やす程空間内の運動の自由度が高くなるが、同時にリンクの剛性の不足や関節による位置決め精度の低下の危険性が大きくなる。その上に、ある状態でリンクが運動不能となる死点があるので、カップラーとウイングと呼ばれるリンクからなる簡素化した構造が実用に供されている。その一方、リニアモータ駆動に適した構造となり、高速性を重んじる機械では重宝がられている。但し、重切削や高精度加工になると、まだまだ改善の余地がある。



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