なぜ工作機械は面白いのか ~ものづくりの本質がわかる~

総論 幅広く、奥の深い工作機械技術の面白さ

最先端の科学技術でも超越できない熟練の技とは
工作機械技術の真髄の泥臭さ

東京工業大学 名誉教授 伊東誼

図4 坪当り30及び60のきさげ仕上げ面

注:参考迄に、長さ20mmのセラミック製ブロックゲージを示す

図5 三枚摺合せの原理を示す模式図(渡子、西本による)

現今の花形である数値制御(NC)工作機械による加工の実演を見本市で見ると、人間は単なる介添えのようである。コンピュータ制御により機械が自動運転されて、見る見るうちに複雑形状の部品が仕上がる。更に、機械そのものもコンピュータ制御の工場で産み出されていると聞くと、工作機械技術の真髄が、生産及び利用の両側面で、「伝統工芸の熟練職人と同じような神業的な技能」にあり、更に「勘と閃き」が鍵となると言われても理解に苦しむであろう。
実は、工作機械技術は、現代制御論、数値計算力学という先端技術から工業材料、構造力学、加工の力学、センサー技術などの中核技術、更には生産現場の草の根的なノウハウに迄わたっている。いずれも重要であるが、科学技術では賄えない職人技が最も大切な鍵となっていて、信じられないであろうが、人間の天性の才能である「勘と閃き」とともに、工作機械技術の真髄となっている。
職人技というと技能者を思い浮かべるであろうが、設計技術者にも当てはまる話しである。ちなみに、設計者は、持って生まれた才能がものをいう、実務に従事して初めて判る資質であり、大学の教育では見出せない。熟練設計者は、持って生まれた才能、すなわち「勘と閃き」にすぐれ、修練の成果もあろうが、例えば平面図から頭の中に立体図を描き、それを想定される使用条件下で仮想運転して問題点を洗い出すことができる。一言で「眼光紙背に徹す」と表現できるように、競合メーカの一流熟練設計者の意図を図面から読取れる優れた能力を有している。
それでは、何をもって熟練の技と言うのか、又、如何なる閾値で熟練を判別するのであろうか。工作機械の熟練技能は、「きさげ仕上げ」と「ラップ仕上げ」に集約されるが、現場を知らないと理解しにくい技量であるので、ここでは「きさげ仕上げ」のみを少し詳しく説明しよう。
さて、素材や半素材から削り出される部品の品質は、工作機械の骨幹である「形状創成運動」の精度に支配される。それは、固定されているベースのような大物部品(構造構成要素)に設けられた基準面をテーブルのような移動体が正確に運動することで具現化される。ここで、基準面を「案内面」と呼び、「形状創成運動の正しさ」は「案内面の仕上げ精度」に依存している。
案内面は、「すべり」、「転がり」、並びに「静圧」の三つの方式、ならびにこれらのうち二つを組合せた「ハイブリッド方式」に大きく分けられる図1。それぞれの方式に得失があり、それを考慮して使い分けされていて、現今では、中小形の仲間が生産の主力であり、「転がり方式」、すなわち「リニアガイド」が主流となっている。「すべり案内面」は、重切削用中大形の仲間に使われるので、若い技術者はご存じないかも知れない。ちなみに、「静圧案内面」は大形工作機械に使われている。

図1 案内面の形態にみられる相反する設計属性

「きさげがけ」は、鋳鉄製「すべり案内面」の仕上げ加工に用いられる(きさげ仕上げと呼ぶ)。そして、工作機械を専門としない人々には想像を越えるであろうが、「きさげ」と呼ばれる手工具を用い、熟練技能者の腕に任せるだけの手作業で行われる図2

図2 「きさげ」の例と「きさげがけ」の様子

まず、基準定盤に光明丹(俗称:赤ペン)や紺青(プロシャンブルーとも呼ぶ;俗称:青ペン)をやや濃く、均一に塗って、仕上げるべき面と摺り合せる。そうすると、赤ペン、あるいは青ペンが仕上げるべき面の凸部に転写され、着色されるので、そこを「きさげ」で丹念に削り取っていく。これは、粗削りの工程であり、「赤当り取り」と呼ばれる。ちなみに、このような二つの面の接触状態を現場用語で「当り」という。
粗削りが終わると、仕上げ削りに移るが、この工程では仕上げるべき面に光明丹を「できる限り薄めに、又、均一」に塗る。そして、基準定盤を摺合わせ、そして、色が取り去られて黒光りする地肌の部分を「きさげ」で削り取る(黒当り取り)。なお、仕上がった面に対して、「黒当り取り」を行って、1インチ×1インチの広さの面内に存在する接触点の数を数えて、それを「坪当り」と呼ぶ。これは、「きさげの質」を示す指標として使われている(渡子、西本 1961)。
ところで、熟練の境界であるが、技術で置き換えができると言われる「坪当たり15」くらいである。すなわち、「坪当たり15」以上となれば、超精密工作機械でも創り出せない面であり、熟練職人の技に頼るのみである。
「きさげ仕上げ」では、粗さが非常に小さく、平坦な広い表面(数mmから10mm以下の大きさの数多くの接触点からなる面で点と点の間の凹みは深さが1?5μm)を創り出す。「きさげ仕上げ」された面の上に油を数滴たらして移動体を載せると、数十?数百kgと相当に重くても、非常に滑らかに精度よく運動する。手作業であるから大きな機械の案内面(例えば、幅が20cmで長さ5m)の「きさげがけ」ともなれば、赤当り取りと黒当り取りで1週間以上もかかる。
もちろん、このように手間ひまが掛かるのでは生産コストが高くなりすぎるし、又、耐摩耗性を向上すべく案内面を焼入れすると「きさげがけ」は使えない。そこで、「案内面研削盤」が開発され、又、その一方、レールの上をベアリングが移動する「リニアガイド」が急速に進歩して、簡便であるので広く使われるようになった図3。その結果、多くの中小形工作機械では「きさげ仕上げ」の使用頻度は少なくなったが、高級な工作機械の製造には依然として必要、不可欠な熟練技能である。

図3 きさげ仕上げからリニアガイドへ

それでは、超精密な「きさげ面」の凄さを紹介しよう。私は1960年代末に、すべり案内面の研究用として、「坪当たり30及び60の試験片(FC35製、長さ240mm、幅100mm、厚さ25mm)」を池貝鉄工に作ってもらったことがある。その当時で既に「超精密きさげ仕上げ」ができる職工は、工長(職工の最高位)であった山本さん一人しかいなかった。しかも「材料のあばれ」が落ち着いてから「きさげがけ」、ついで「自然枯らし」を少なくとも3回は繰り返す必要があった註)。そこで、注文して出来上がる迄2年もかかったが、二つの試験片を単に合わせるだけで、ブロックゲージのように見事に「リンキング」する素晴らしさであった。これは、面の間がほぼ真空状態となり、大気圧で押し付けられるためである図4
ちなみに、現在でもメーカで広く使われているのは坪当り15?20程度であり、このレベルの「きさげ仕上げ」に対しても熟練きさげ工を必ず確保している。従って、坪当たり30となれば大仕事であること、更に60ともなれば最高の熟練技能者の究極の技量がものを云う神業の世界である。機械では絶対に代替できないので、本当は後世に残して置きたい技であるが、山本工長のような職人技を持っている方はもう日本にはおられないであろう。現今の日本が抱える大きな問題は、このような神業のできる職工を育成する余裕がなく、しかも、万が一そのような方がおられても、正当な報酬を払いつつ、高く評価することがない世情である。これで、「ものつくり大国」と言えるのであろうか。
さて、このように凄い「きさげ仕上げ」であるが、作業で必須の道具である基準定盤は、どのように作り出すのであろうか。
実は、基準となる定盤も「きさげがけ」で創り出し、そこには「三枚摺り合せ」という、なんでもないようにみえる凄技がある。この技では、まず鋳鉄製の三枚の厚板を用意する。次いで、そのうちの任意の二枚を摺合せて、「きさげがけ」を繰り返すことによって、「真平面」に非常に近い仕上げ面を創り出す。要するに、凸面と凹面を摺合わせると、あたかも平面のようにみえるが、次に摺り合わせる相手を別の一枚とすれば、凸面と凸面、あるいは凹面と凹面になり、中心部、あるいは端部のみが接触するに過ぎない。そこで、接触している箇所を「きさげがけ」して取り去り、これを根気よく繰り返せば、最後には「三枚の基準定盤」を得られる。もちろん、作業の途中では、何回も「自然枯らし」を行わねばならない図5。なお、三枚の内一枚は大事に恒温室に保管しておき、一枚は「工場内で日常的に使う基準定盤を作る基準定盤」として使うことになる。それでは、残りの一枚はどうするのであろうか。正解は、「他の企業に売って、お金を儲ける」である。
ところで、「三枚摺合せ」の技は産業革命の時代(1840年)に活躍して、インチねじの基本を構築したウイットホース(Whitworth)によって発明されたと技術史では位置付けられている。しかし、これは西欧主導の技術史観であり、「三枚摺合せ」の技で奈良朝の青銅鏡が作られていたという説もある。

脚註:「きさげ仕上げ」は一般的に鋳鉄材に施すので、鋳込みによる残留応力が時間の経過とともに解放される。その結果、材料が0.1?1μmの大きさの微細な変形をする。これを現場用語で「材料があばれる」と呼び、それが落ち着く(安定)するまで戸外に鋳物材を放置することを「自然枯らし」という。一度「きさげがけ」をしたら、数ヶ月は戸外に放置した後に、再び「きさげがけ」を行う。専門的には、「経時変化による結晶粒の微細な動きによる当りの微調整を必要とするために、“きさげがけと自然枯らし”を少なくとも数回は繰り返すこと」と表現される。

参考文献

渡子、西本.(1961) 手仕上作業.産業図書、p. 47-76.


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