なぜ工作機械は面白いのか ~ものづくりの本質がわかる~

総論 幅広く、奥の深い工作機械技術の面白さ

第4次産業革命と呼ばれる時代を先取りしている工作機械
明るい将来と想定される姿

東京工業大学 名誉教授 伊東誼

図4 研削及び歯切り機能付きミルターン(R系列、Index社の好意による、2016年)

加工空間

曲り歯傘歯車の加工中

研削加工中

図5 トランスファーセンターの外観と加工空間(ANGER社の好意による)

「第4次産業革命」という魅力的な旗印の下でインダストリー4.0が我が国で大きな話題となっている。インダストリー4.0は、2010年代初めに開始されたドイツ政府の技術開発政策である。そして、科学技術アカデミー(acatech)が推進母体となって、産官学の共同プロジェクトとして進められている。
このドイツが提唱しているインダストリー4.0に対する日本国内の反響は大きいが、その一因は公開された資料の中に「スマート工場」及びその核となる「仮想・現実空間システム(CPS: Cyber-Physical Systems)」という用語があるためと思われる。要するに、IoT(Internet of Things)及びIoS(Internet of Services)の一部がスマート工場であり、日本が国として標榜している「物つくり立国」において、「日本がドイツに立ち後れるような大きな変革が生じるのでは」と解釈されているからであろう。
ここで、仮想・現実空間システムとは、コンピューティングを主体とする「サイバー(仮想)空間」、並びにセンサーネットワークで実態が把握され、それによる情報で駆動される機器群からなる「物理的な現実空間」を一体化させて構築される自律的な知的システムである。
本当にそうであろうか。インダストリー4.0に対抗すべく似たようなプロジェクトが米国で、又、追従する計画が中国や印度で進められているのをみると、正しい認識と思われるであろう。しかし、そのような解釈が全てではないと主張できる人的資源及び技術資産が日本に蓄積されているにもかかわらず、忘れ去られているのも事実である。
インダストリー4.0では、高度に進んだ情報(IT: Information Technology)及び通信・伝達(Communication)技術の積極的な利用によって大きな社会変革が生じるとしている。例えば、飛行中の遠隔看護を含む航空機の乗客サービス、あるいは「消費エネルギーの全体的な削減」や「走行している車間の会話」などを含む交通管制システムへのCPS技術の利用が論じられている。そして、その中での「物つくり」が取り上げられているものの、そこにはスマート工場の全体像は未だ示されていない。
スマート工場の概念をトップダウン、あるいはボトムアップのいずれで設計するにせよ、「物つくり」を議論するときに忘れてはならないのが、「生産システムのハードウエア構成、少なくともシステム形態とシステム構成要素、並びにその対象製品を明らかにすることが大前提」なことである。
そこで、ここではスマート工場を示唆している、セル広域分散配置形フレキシブル生産なるシステム概念を用いて議論を進めてみたい。この概念は、1990年代に日米英独で行なわれた「2020年に望まれる生産システムの姿」に関わる研究活動を基に描かれたものである 図1図2

図1 セル広域分散配置方式フレキシブル生産シムテムの構成-1990年代
図2 セル広域分散配置方式フレキシブル生産のセル制御装置の概念-1990年代

工作機械を念頭に説明すると、分散配置されたフレキシブル・加工セル(FMC: Flexible Machining Cell)群のセル制御装置をLANで上位のコンピュータ統合生産システム(CIM)に連結している。ここで、FMCはシステムを構成する基本モジュールであり、「タスクブローカ方式」や「オークション方式」などで自律的に運用され、又、搬送される部品にはデータタグが付けられている。
この概念で、人間で言えば「神経系」に相当する情報通信ネットワークの革新的な進歩、並びにビッグデータの活用が前面に出てきたのがスマート工場と解釈しても良いであろう。ちなみに、人間の頭脳に相当するCIMも相当に進歩したが、「人間の知恵」を活かす構想の部分は未だに未成熟と考えてよいであろう(Ito, 1993)。
それでは、頭脳と神経系だけで部品の加工をできるのであろうか。やはり、人間の手足に相当するもの、あるいは手足で使われる道具が必要である。ここでは、それらにFMCが相当するので、FMCをCPSステーションに近代化すれば、ソフトウエアとハードウエアが巧く融合した姿でスマート工場が実現できると考えられる。
問題は、スマート工場を「一人の顧客の希求に対応できる製品」を産み出せるように構成することである。これは、加工システムの設計でも難問中の難問とされる、「一個物生産」、「極多品種極少量生産」、あるいは「顧客注文量対応生産」に取り組むことを意味する。
実は、表面的にみれば「頭脳」と「神経系」には、このような難問は生ぜず、「手足」の部分で生じる。しかし、それは「金に糸目をつけず、納期を設定されない工芸品」を「安く、早く、しかも工芸品の質で作り上げろ」と言うのに等しい要求である。インダストリー4.0では、「頭脳と神経系」に注力して議論がなされているので、この難問がみえていないが、実は日本の企業は、このような難問への対処能力が高い。
工作機械の領域では、色々な加工方法を一つの機械に集積する技術、いわゆる「加工機能の集積」が古くから開発されている。その代表例は、ターニングセンタ(TC)及びマシニングセンタ(MC)であり、町工場にまで広く普及している 図3。最先端では、これら両者を一体化したミルターンも実用され、更にミルターンに研削機能や歯車加工機能まで集積されたものも開発中である 図4。工作機械技術者であるならば、このような「高度機能集積形」の設計に携わることは「技術者冥利につきる」。

図3 初期の加工機能の集積-在来形工作機械からMCへの流れ

さて、こうなると、これ迄の数台の機械からなる加工システム(工場)を一台の機械で構成できる、いわゆる「One-machine Shop」の蓋然性が高くなる図5。偶然ではあるが、工作機械の分野ではスマート工場に先駆けて、その手足となるところの実現に到達寸前であり、インダストリー4.0の実現に大きく貢献するであろう。逆に、このように高度化した「手足」に対応できる「頭脳と神経系」の概念は、インダストリー4.0では未検討である。実は、このような議論ができる人的資源及び技術資産を日本は保有している。それにもかかわらず、それを活かす国の技術政策が行なわれず、依然として欧米追従の言説が多いという残念な現状となっている。
面白いことに、ワットの蒸気機関によってなされた(第一次)産業革命では、ワットのアイデアが先行して、それを追う形でウイルキンソンの中ぐり盤(前近代工作機械)が工夫されて蒸気機関の実用化が進んだ。第4次産業革命では、それに応えられる工作機械の仲間(機種)が実用化寸前にまで開発されていて、この仲間がどのように貢献するのかが判っていない。正に、社会の希求する製品を必ず実現するという工作機械の先進性、又、技術の面白さを示している。

参考文献

Ito Y (1993) Chapter 1 What is Human-Intelligence-Based Manufacturing ? In: Ito Y (ed) (1993) Human-Intelligence-based Manufacturing. Springer-Verlag London, p. 1~28.


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