なぜ工作機械は面白いのか ~ものづくりの本質がわかる~

総論 幅広く、奥の深い工作機械技術の面白さ

どのような材料で工作機械は作られているのか
新素材の活用方法は?

東京工業大学 名誉教授 伊東誼

図1 グラニタン製ベッドを使用した研削盤-Ernault-Toyoda製、HES型、1987年(豊田工機の好意による)
図2 東京スカイツリーの骨組みに使われている遠心鋳鋼製円管とそれのラムへの応用

一国の産業基盤を支える工作機械と聞くと、それほど重要な機械は、どのような材料で作られているのかと興味を持たれるであろう。その反面、工作機械と言っても機械の一つに過ぎないので、鉄や鋼で作られているのではとも思われるであろう。正に、その通りであり、工作機械は他の機械と同様に、多くの場合に鉄や鋼で作られている。
しかし、良い工作機械を設備せねば質の高い産業を育てられないと言われるように、工作機械は鉄鋼材料のみならず、機会があれば用途に応じてコンクリート、木材、セラミックス、非鉄金属など色々な材料を貪欲に使っている。これらの中で、レジンコンクリート(プラスチックコンクリート)は、工作機械の構成材料として、鋳鉄、鋼についで第三の地位を占めている。これは、骨材を砂利から破砕された花崗岩へ置換えて、エポキシ樹脂で固めるものであり、「グラニタン」という商品名で世界中に普及している図1。このグラニタンでは、骨材とエポキシ樹脂の混合率を調整すると、熱的な特性が制御できるという大きな利点がある。ちなみに、レジンコンクリートは、スイス、スチューダ社が、1970年代に化学品メーカであるチバガイギー社との協力の下で技術を確立して、研削盤へ応用している。
それでは、その貪欲さは東京スカイツリーとも関係すると言われたら、何を想像するであろうか。実は、東京スカイツリーの骨組みに使われている遠心鋳鋼製円管の特性に目をつけた新日本工機が金型加工用の門形マルチセンタ(HD-5S/5軸型)のラムの素材として採用している。もちろん、パイプ素材として鋳造後に、角形に加工していて、非常に面白い発想であり、特許にもなりそうな新しい試みと思われる図2。ところが、ここに工作機械技術の奥深さがあり、実はドイツ、VDF(旋盤メーカの協業体)が、減衰能の向上を狙って、1960年代に「遠心鋳造主軸(球状黒鉛鋳鉄製)」を既に使っている。
一般的には、工作機械の骨格に相当する本体は鋳造構造であり、普通鋳鉄、合金鋳鉄、強靭鋳鉄、並びに低熱膨張鋳鉄が設計目的に応じて採用される。従って、熟練した工作機械技術者は鋳物技術者が顔負けする程に鋳物に精通しているし、逆にそのような資質を自己学習で習得されることが望まれている。
このような話題に触れると、最近の新素材は工作機械でどのように活用されているのかに興味を持たれるであろう。新素材と言えば、炭素繊維複合材(CFRP)とポーラス材が話題となるが、そこには工作機械技術者の貪欲さが垣間みられる。なんと、今のように新素材が広く喧伝される以前に既に試用しているので、それら先行例について触れておこう。
CFRPは、1981年に米国でTurchan社がハニカム加工機に採用し、又、1990年代にも本体構造の特定の方向にのみ剛性を高くする設計、いわゆる「剛性の方向依存性効果」によるびびり振動の効果的な抑制を期待して使われている。更に、2003年にはElektronik-Entwicklung社が5軸制御高速プロセッシング・マシンのクロスビームにグリッド材として採用している図3

図3 大形5軸制御高速加工機-HSM-MODAL型、Elektronik-Entwicklung社、2003年

これは、グリッド構造からなる蛇籠状の素材であり、高速道路のアーチ形照明ポールにも使われている。これに対して、ポーラス材は、他の構造構成材料では相反する特性である剛性と減衰能を同時に大きくできるので、それを活かしてガントリー形五面加工機のクロスビームに採用されている(Neugebauer R et al. 2001)。
これらをみると、加工目的が限定された特定の仲間(機種)に、材料の特性を活かして、機械の設計仕様に適合した形で使っていることが判る。又、工作機械技術では「温故知新」も重要であると同時に、他の分野で使われている技術に目を光らせて、良ければ導入する気概も要求され、一筋縄ではいかない。
ところで、レジンコンクリートが色々な仲間に使われるようになるには、開発されてから20年程を要したことを考えても、CFRPとポーラス材の普及は遅れている。それは、機能や性能が非常に優れていても用途が限定され、又、生産コストが高いという経済的な理由が大きな障害となっているのであろう。
それでは、そのような状況の中でMerloらが特に熱変形の低減を狙って新素材の本体構造への採用を地道に、しかも新しいアイデアを組込んで研究していることを紹介しておこう(2009)。
まず、側壁をアルミニウム合金(Al)製ハニカム構造とCFRPで構成した接着構造の3軸制御MC用のラムを試作している図4。そして、鋼板溶接構造のものと比較し、重量が20%削減され、減衰能は3倍となっていることを示している。鋳造構造や鋼板溶接構造では相反する設計要求となる「軽量化・高剛性」と「高減衰能」ではあるが、接着構造は、これらを同時に満足できる技術として一時期には注目された。しかし、接着技術の信頼性や長期の安定性の観点から、現今では殆ど顧みられていない。

図4 3軸制御MC用CFRP製ラム(Merloらによる)

次に、溶接構造で円筒形状ラムを作り出し、円筒側壁の中空部にAlポーラス材を直接的に成長させている図5。これにより、減衰能を増加させることができ、同時に成長過程でAlポーラス材内に形成されるマイクロセル状の空隙に「熱蓄積のできる相変化物質」を含浸させることで、熱的安定性の自己制御機能が与えられる。すなわち、ラムの温度が上昇した際には、相変化物質は固体から液体に変わり、ラムを一定温度に保つことができる

図5 AIポーラス材を充填したラム-金型加工用機械(Merloらによる)

参考文献

Neugebauer R, Hipke T, Ihlenfeldt S. (2001) “Hochdynamische Werkzeugmaschinen- strukturen und Komponenten”. ZwF; 96-9: 445-450.
Merlo A. et al. (2009) Advanced composite materials in precision machine tools sector ? Applications and perspectives. 17th Inter. Conf. on Composite Materials, Edinburgh.


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