なぜ工作機械は面白いのか ~ものづくりの本質がわかる~

総論 幅広く、奥の深い工作機械技術の面白さ

電気自動車の時代を支える工作機械
栄枯盛衰の歴史に新たな一ページか?

東京工業大学 名誉教授 伊東誼

図1 多種多様なレシプロエンジン用ピストン(ウィキペディアによる)
図4 クランク軸研削盤(Schaudt社製)と分割形クランク軸
図2 6段変速用トランスミッション(ZF社による)
図5 曲がり歯傘歯車歯切り盤(KNC40型、Klingenberg社、1980年代後半)

石油資源が枯渇しなくても、ハイブリッド車が好まれる現状をみていると、いずれガソリンエンジンやディーゼルエンジン、いわゆる内燃機関を動力源とする自動車は電気自動車に置換えられるに違いない。航空機の「フライ・バイ・ワイヤ(Fly-by-wire)」、あるいは軍用車両の「ドライブ・バイ.ワイヤ」の急速な普及をみても、電気自動車の将来は明るい。又、電気・電子技術に集約して色々な機能を搭載できるので、技術に疎い庶民が使い易くなるという面も電気自動車化を加速するであろう。もっとも、重量物を運ぶトラックやトレーラでは内燃機関が残ると主張される方もおられるので、当面は乗用車の分野が議論の対象になるであろう(James 2009)。
さて、工作機械産業を論じるときには、次のような大前提を考慮する必要がある。すなわち、工作機械の最大手のユーザは、量的な面では「自動車産業」、又、質的な面では「航空機産業」である。
自動車産業の主力製品は乗用車であるので、それが電気自動車に移行すれば、工作機械産業に及ぼす影響は計り知れないとする言説は説得力がある。自動車技術は車体、操舵系、並びにパワートレイン系に大別されるが、電気自動車になっても車体及び操舵系には大きな変化は無いと考えられる。その一方、工作機械が大活躍をしているパワートレイン系がモータに置き換わるので、やはり事態は深刻と考えるのは無理もない。そこには、「工作機械の栄枯盛衰」の歴史の一ページが再現されるのかと興味があろう。すなわち、蒸気機関車全盛から電気機関車や電車が主流となって鉄道車輌用工作機械と呼ばれる仲間(機種)が消え去り、わずかに車輪旋盤のみが生き残った歴史的な事実がある。
そこで、改めて工作機械技術者の目で電気自動車が主力製品となった場合の工作機械への影響を論じるのは価値があろう。
まず、内燃機関を動力源とする乗用車の加工対象を整理してみよう。大きくは、エンジン、変速機(クラッチを含む)、プロペラ軸、差動歯車機構、並びに駆動軸に分けられる。そして、これらの部品の多くは、既に汎用ターニングセンタ(TC)及びマシニングセンタ(MC)で加工されるようになっている。特別な仲間によって加工されているのは、わずかにクランク軸及びカム軸、又、差動歯車機構を構成する曲がり歯傘歯車とハイポイド歯車だけである。
これらをみると、電気自動車が喧伝されているので、それの部品を加工する工作機械にも大きな変化が生じるとする言説に、どうも踊らされている感がなきにしもあらずである。結論から言えば、加工対象は変わるものの、自動車メーカで使われる工作機械の仲間には大きな変化はないであろう。
それでは、そのような中で興味のありそうな話題を幾つか拾ってみよう。まず、運転時に円形となるように、多少楕円形のピストンは、昔はピストン・ヘッド専用機で加工されていたが、燃焼効率を向上させるために複雑な形状となっているピストン頭部の加工も含めて、既にTCで加工されている図1
 次に、トランスミッション(変速機)であるが、数多くの歯車が使われている図2。電気自動車になると、せいぜい一対の歯車列が必要になるだけであるので、大幅に使用量は減るが、平歯車加工用の仲間は残る(総論その6図4参照)。
シリンダー・ブロックやシリンダー・ヘッドは、フレキシブル・トランスファーライン(FTL、図3)、あるいはそれの先進形であるトランスファーセンタで加工されている(総論その2図5参照)。それでは、これらが消え去るのかと言えば、モータのハウジング加工で使われるであろう。FTLの原点であるトランスファーライン(TL)の中には電動機、エアコンのコンプレッサー、工業用ロックミシンの部品加工システムもあった。

図3 シリンダーヘッド加工用FTL-Frit Werner社、1993年

ちなみに、TLやFTLは自動車産業の機械加工設備の顔であり、満足させねばならない設計思想を如実に体現している。それは、「設備投資を可能な限り低く抑えながら、迅速にモデルチェンジへ常に適切に対応できる機械加工設備」と表現できる。そして、自動車産業が少品種多量生産から個々の顧客の要望に応えるべく多品種少量生産に移行するに従って、主力設備はTL、FTL、フレキシブル・加工セル(FMC)集積方式FTL、トランスファーセンタと進んできた歴史の中で、この設計思想は連綿として引き継がれている。
ところで、NC技術の進歩によってクランク軸旋盤とカム軸旋盤は、特別の場合を除けば、既にTCによって代替されて消滅していて、研削仕上げ加工のみがクランク軸研削盤とカム軸研削盤で行なわれている。しかも、例えば分割形カム軸のように、加工しやすい部品へ分割して、それらを結合するように、加工対象そのものの作り方が変わってきている。その結果、カム軸研削盤は消え去りつつあり(総論その3図2参照)、クランク軸も似たような運命を辿りつつある図4
最後に触れておきたいのは、電気自動車になると個々の車輪がモータで駆動されて、差動歯車機構が不要となるが、これは加工の現場では朗報である。なにしろ、曲がり歯傘歯車とハイポイド歯車ほど加工の面倒な機械要素はない。一言で言えば、互換性の確保が難しいので、噛み合わせや歯の当たり具合をいちいち検査しながら一対で仕上げる必要がある図5
面白いもので、NC化の利点を最も享受したのは、歯車加工用の仲間で、それ迄は作るにしろ、使うにしろ、サイクロイド曲線、インボリュート曲線、オクトイド曲線などを創成するために、数多い歯車の組合せを年中計算して形状創成運動を行なわせていた。その手間ひまのかかる煩わしい仕事からメーカもユーザも解放されて大喜びをした。

参考文献

James T (2009) Auto-electrification. Engineering & Technology; 4-7: 58-61.


close