なぜ工作機械は面白いのか ~ものづくりの本質がわかる~

総論 幅広く、奥の深い工作機械技術の面白さ

日本の工作機械メーカの将来性と
望まれる工作機械技術者の姿

東京工業大学 名誉教授 伊東誼

図2 「落ち穂拾い的な受注戦術」で成功している現地メーカー製立形MC-シンガポール、EXCEL社(EXCEL-510型、1990年代)
図4 超精密非球面の研削加工(東北大学厨川教授の好意による)
図3 活躍中のダイヤル方式TL?フォグトランド社製、1995年

「一寸先は闇の世界」までは行かないが、日本の工作機械メーカの将来性を論じるのは楽な仕事ではない。なにしろ、切り口をどうするかで論調や言説は大きく変わってくる。しかも、1990年代に「2020年の生産環境」を予測したような、工作機械に関わる将来像の研究は、最近殆ど行なわれていない表1。例えば、2010年代初めに行なわれたドイツ研究振興協会(DFG)の援助による研究をみても、直面している課題を取扱っているに過ぎない。

表1 「2020年に望まれる生産システムの姿」の予測研究-1990年代

さて、工作機械メーカは製品を売って、お金を儲けることが最優先であるので、そこには例えば次のような色々な将来性が想定できる。

(1)技術主導形の一芸企業の方向:最先端の革新的な技術を使って機能・性能の優れた製品を作り、世界市場を制覇する方向。非常に魅力はあるが、「技術の優秀さを買って、高い価格でも機械を購入してくれるユーザ」が少なくなりつつある現状では、問題含みである。事実、この路線を「職人かたぎ」で進めてきて経営破綻をした企業は、例えば池貝鉄工やフリッツ・ベルナー社のように数多い。

(2)汎用性の高い仲間で差別化を図り、市場占有率を高める方向:汎用ターニングセンタ(TC)やマシニングセンタ(MC)の仲間が対象となり、現在の日本メーカが得意とするところである図1。なにしろ、工作機械の先進国と自負するドイツが日本との競合を避けられる仲間の生産に留意していると言われるほどである。もっとも、TCとMCを一体化したミルターンになると、ドイツが優位のようにも感じられる。世界規模の大きな市場があるので、この方向は厳しいが、努力する価値は十分にある。

図1 ミルターン(Index社の好意による、2009年)

(3)企業買収、合併などで世界規模の大きなグループを組織化して、「仮想地域集積」ともいうべき体制を構築する方向:幅広い仲間について市場占有率を高められ、現時点では三つのグループ、すなわち「DMG Mori Seiki」、「台湾、友嘉実業集団」、並びに「StarragHeckert AG」が存在する。但し、1990年代に行なわれたダイムラーとクライスラーの合併で問題点として認識されたように、社内での共通言語の確立が大きな課題である。特に、工作機械では、英語と米語で技術用語が多少異なる上に、恐らく、いずれかの言語にも一本化できない現場用語という頭の痛い問題がある。

(4)「落ち穂拾い」的な受註体制で生き残る方向:これは、市場規模の大きい仲間には、必ず受註残があることを勘定に入れた方策で、シンガポールのエクセル社が汎用MCで成功している図2

(5)同じ仲間でも先進国と途上国向けに棲み分けして、協力企業や子会社とも連動して、同じ技術及び人的資源で市場拡大を図る方向:DMGのグループ企業であるヒュラーヒレ社は、旧東ドイツのフォグトランド社を傘下にして、最新式のフレキシブル・トランスファーライン(FTL)は自社内で生産、その一方、中国向けの旧式FTLやトランスファーライン(TL)はフォグトランド社が生産(図3、2005年当時)。

(6)簡素化した仕様の仲間(ジュニアマシン)、半NC工作機械、並びに在来形工作機械を中国、印度、第三世界へ輸出して生き残る方策。

それでは、日本のメーカはどうすれば良いのであろうか。理想的には、いかなる情勢にも対応できるように、工作機械技術の本質を極めた核心的な技術と最先端の技術を組合せた「技術資産の整備」が肝要であろう。もちろん、それを担える人的資源の育成は不可欠である。これによって、他の国の追従を許さない最先端の革新的な製品からジュニアマシンを含む汎用的な製品までを必要に応じて何時でも造り出せる体制が維持できるであろう。
具体的には、次の二つの発展方向が将来を期待できると考えられる。

(1)汎用TCやMCの競争力を強化する方向:技術主導の製品は、必ずしもお金が儲かる訳ではないので、現在の得意技を更に強化すべきである。この路線では、韓国や台湾にいずれ追い抜かれるとする主張もあるが、これら二つの国は日本のような世界市場への十分な供給能力はない。

(2)技術主導の製品として高度な制御技術と融合した超精密工作機械の方向:従来は、超精密部品と言えば、「極多品種極少量生産」の代表的な存在であり、当然のことながら市場規模が小さいと考えがちであった。しかし、社会の発展とともに、超精密光学部品の大量生産技術が必要となっている。このような超精密NC工作機械の領域では、家電情報機器の普及とも絡んで、日本は幸いにして最強の競合相手であるドイツよりも優位に立っている。そこで、表面粗さ1nm(ナノメータ)のような超精密部品を加工できる強い仲間の競争力を更に強化すべきである図4
ちなみに、EUではドイツ、アーヘンにあるフラウンフォハーIPTをリーダとして「Production 4μ」なるプロジェクトを2006年に開始している。このプロジェクトでは、ドイツ、スイスなど超精密加工に強い国を始めとして、ポルトガルまでEU内の12の国が参加、又、イスラエルも含めている。もちろん、超精密光学部品の多量生産技術の研究・技術開発を目的としていて、研究企画書では明確に日本を打倒すべき目標としている(Schuh, Nollau 2007)。
ここで注意すべきは、最先端の工作機械技術は兵器生産で使われていて、機密の壁があり、本当の姿が見えないことである。それは、ベルリン工科大学のシュプール教授の特別の計らいでドイツ、ブルクハート・ウエーバー社にてレオパルト戦車のミッションケース加工を見学した際に経験した。同行した、さる工作機械メーカの友人が「我が社も自動車関連で習熟している加工ではあるが、このような高度の腕が要る加工はできない」と見学中に漏らしていた。
ところで、いずれの方向へ進むにしろ、必要、不可欠なのは「将来を見据えた優れた若手の育成」である。人的資源については、総論「その1」でも触れているT型人材が望ましく、それに「国際的な人的ネットワークを構築できること」、「確度の高い情報の収集能力」、「国際会議で喧嘩に等しい議論のできる英語力」、「できうれば最大のライバルである国の情報収集のためのドイツ語力」、並びに「アジアの言語のいずれかを理解できる能力」が加われば言うことは無い。
ちなみに、我々の世代は、「欧米諸国から工作機械の三流国」と見下されていたときに、工作機械技術者の道を歩み始め、ひもじい思いをしながら、欧米諸国に追付き、トップの座に上り詰めた経歴がある。そのような経歴を踏まえての注文で大変な努力目標であることは理解しているが、今後の日本のために若手が頑張ってくれることを期待している。もっとも、工作機械メーカにて経験を積めば、知らず知らずのうちに、これらの幾つかは身に付くであろう。
ここで、自分が熟練した工作機械技術者になったかどうかを自己評価できる指針は、「入手できたドイツの一流メーカの図面をみて、図面に陰の形で記載されている情報を正しく確実に読取れること」と覚えておいても損はないであろう。「確実に読取れたかどうか」は、機会があったときに、先方の技術者に確認すれば良い。言い換えれば、そのような良き競争相手である友人を持つことが工作機械技術者として成熟する上で必要、不可欠である。
工作機械の技術者社会は意外にも狭く、私が池貝鉄工でA20型普通旋盤の設計に携わっていたことは、ベルリン工科大学のシュプール教授も承知していて、後年になってドイツに於ける特許係争絡みで刃物台の構造の詳細を尋ねられたこともある。このA20型普通旋盤は、欧米一流機を凌駕したもので、ドイツが購入して、分解・調査を行なったという逸話がある。ドイツの評価の一つが、「このような箱庭的なエプロンの構造はドイツ人にはとても真似できない」であった(日本機械学会対談記事 1984)。
このように、人的資源を含めて日本の将来について論じると、心配な点は、技術者も含めて日本全体の風潮として、「日本の工作機械産業と技術は世界一」と過信していることである。日本が欧米の一流国を猛烈に追い上げたことを再現できるような、日本を脅かす国がないのが幸いである。その反面、日本人研究者や技術者が国際的にも先駆けて良い仕事をしても、欧米人が同じことを公表するまで日本国内で無視している悪い風潮がある。最近の例では、高知工科大学松井敏教授が日立精工に勤務していた時に開発した半導体産業を支えるシリコンウエハの研削加工がある図5。回転しているシリコンウエハの中心を砥石車が通過するように運動して研削加工を行なう方法で、それまでの往復運動で加工する方法の欠点を一挙に解決した。日本で開発されてから10年も遅れてドイツで同じ方法が開発されて、世界で初めてと喧伝されたら、日本の研究者がそれのみを引用している。

図5 ウェハ定圧回転研削法の原理

専門的で少々難しいかもしれないが、日本が先導した技術を思い出すままに記しておくと、「モジュラー構成の四原則(豊田工機、土井良夫)」、「インボリュート歯形を有する傘歯車歯切り盤(新荘謹一博士、東芝機械)」、「異機種モジュラー構成の大形工作機械への採用(池貝鉄工)」、「びびり振動の多重再生効果(佐藤壽芳東大教授)などである。
これに関連して、最後に私の個人的な感想を述べれば、日本の工作機械技術は、その本質中の本質である「本体構造設計」の面では依然としてドイツの後塵を拝している。その一方、嬉しいことにドイツが強いとされる超精密工作機械の分野で画期的な構造が日本で研究されているので、先行きは明るいであろう図6。これは、「転倒モーメント最小化による案内精度の実現」という構造設計の原則中の原則を忠実に実現した「二重枠組み構造(専門用語ではフラット形Box-in-Box構造)」となっていて、色々な可能性がある。

図6 二重枠組み構造の超精密テーブル、2005年(東工大新野教授の好意による)

参考文献

対談(1984).A20形旋盤の試作開発における苦心談.日本機械学会誌; 87-793: 1319-1326.
Schuh G, Nollau S. Herausforderungen der Prozesskettenplanung und Kostenvorhersagen in der Mikroproduktion. ZwF; 102-5: 304-308.


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